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長野地方裁判所 昭和56年(ワ)28号 判決

原告 宗教法人常円坊

被告 国

代理人 岩田好二 若月昭宏 岡村俊一 藤牧幹也 今井優 ほか五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間で、別紙物件目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は公図上で道と表示され、被告所有地となつている。

2  本件土地は公共用財産であるとしても、次のとおり公用開始当初から外観上公共用財産としての使命を全く果していないか又は公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、もはや公共用財産として維持すべき理由がなくなつた。

(一) 本件土地は、善光寺の参道として通行に供されている石畳及び一部石段部分(以下「参道」という。)と原告所有の長野市大字長野字元善町四六一番境内地六七一・〇七m2(以下「原告所有地」という。)の間にある。

(二) 本件土地が道路区域であるか、道路側地帯であるかは別として、遅くとも昭和初期から原告代表者の先代若麻績智頴(以下、先々代等も含めて「原告先代」ということがある。)が前庭又は境内地の一部として、石碑等の工作物を設置し、樹木を植えて管理し、参道とは区別されて、道路としては使用されなかつた。

(三) 第二次大戦後、しばらくの間、参道と本件土地の間に設置してあつた竹垣を作り直す余裕がなかつたため、本件土地に接続する同種の土地(以下、同種の土地全部を「本件各土地」という。)に露店が張られたことがあつたが、間もなく立退かせて元通りになつた。

3  原告は昭和二八年四月九日、本件土地の占有を開始した。その事情は次のとおりである。

(一) 原告先代は、善光寺を支配した若麻績一族に属し、原告所有地で宗教活動をしてきた。

(二) 原告所有地及び本件土地は、周辺の他の土地と共に若麻績一族の領地、支配地であつたところ、明治憲法下で公有地とされ、第二次大戦後、更に私有地となることになり、昭和二四年三月二五日、原告所有地は原告先代若麻績智頴に譲与された。

(三) 宗教法人法に基づき、昭和二八年四月九日、原告は宗教法人となり、当時代表者となつた若麻績智頴は原告所有地を原告に引継いだが、その際原告は、本件土地を原告所有地の一部として占有を開始した。

4  本件土地は前記のとおり、時効取得の対象となる普通財産であり、原告は占有開始後二〇年を経過した昭和四八年四月九日、本件土地を時効により取得したので、本訴で時効を援用し、原告の所有権を争う被告との間で所有権確認を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。各事情のうち(一)の事実は認める。但し、原告所有地と本件土地の間には、公有地である水路敷が存在する。(二)のうち、原告先代がある程度の管理をしたことは認めるが、本件土地は参道と一体として使用されていた。(三)につき、原告主張の露店が張られたことは認める。これは原告先代の管理と矛盾するというべきである。

本件各土地は、大正九年四月一日、旧道路法に基づき、長野市道として路線認定され、参道部分六mと合わせて一三mとして路線認定台帳に記載され、昭和二七年一二月五日施行の新道路法に引継がれた行政財産であり、公用廃止行為がない限り普通財産になるわけではなく、右のとおり参道と一体となつて通行に使用されているから、道路としての形態、機能を喪失したとはいえず、時効取得の対象にはならない。

3  同3につき、原告の占有開始は不知。原告所有地が元国有地であつて、原告先代に譲与されたことは認める。

三  抗弁

仮に請求原因事実が認められたとしても、原告の占有は所有の意思に基くものではない他主占有である。

1  占有権原

本件各土地は前記のとおり公共用財産で、私権の設定を禁止されており、原告もこれを知つていたはずである。

2  占有事情

(一) 原告は、宿坊を増築するに際し、昭和三三年一月二八日、風致地区内における建築許可申請書を提出したか、その添付図面には前面道路の幅員を一二mと記載しており、これは参道に本件土地を含めないと足りなくなるから、原告は本件土地を道路の一部と認識していたことになる。

(二) 原告は、昭和四一年五月六日に建築許可申請書、同年六月二五日にその変更許可申請書を提出したが、その添付配置図にも、本件土地は宿坊管理道路敷地と記載している。

(三) 本件土地に存在する街灯の土台に取り付けられた銅板の記載によれば、大正三年に寄付されたものであるが、これと全く同じ街灯が、本件土地と参道を隔てた反対側の道路部分にも存在し、更に善光寺の山門前にも一組存在する。これらの街灯は特定の坊に寄付されたのではなく、集合体としての善光寺に寄付されたとみるべきである。

(四) 本件各土地のうち、分離前の原告宗教法人正智坊が所有権を主張する土地には、中部電力株式会社所有の電柱がある。

四  抗弁事実に対する認否

他主占有であることは否認する。

1  公共用財産の問題については、前記請求原因2記載のとおりである。

2(一)  原告が被告主張(一)及び(二)の各書面を提出したことは認めるが、工事を請負つた者が、公図に従つて作成したにすぎない。

(二)  被告主張の街灯があることは認めるが、善光寺が原告に対し設置につき同意を求め、原告が了解して設置された。電柱についても経緯は同様である。

(三)  本件土地にあるのは、前記のとおり原告が設置した工作物、植栽した樹木であり、被告主張の工作物等の存在によつて、原告の占有に変更を生じることはない。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件土地が時効取得の対象となるかについて検討する。

二1  本件土地は、善光寺の参道と原告所有地の間にあることは当事者間に争いがない。

2  <証拠略>によれば、次の各事実が認められる。(本件土地の他に、本件各土地についての認定も含むことがある。)

(一)  善光寺の参道は、大正九年四月一日、長野市道として路線認定され、元善町線と呼ばれることになつた。(以下、範囲は別として、「元善町線」という。)

(二)  道路台帳には、元善町線の幅員は当初六mと記載されたが、後に誤記として訂正され、一三mとなつた。

(三)  「長野市道認定路線図」その他の公図上で、元善町線の道路部分を示す着色部分には、一致して、本件各土地は参道と一体として表示されている。

3  <証拠略>によれば、元善町誌編集委員会編集の「善光寺門前町百年の歩み長野市元善町誌」と題する昭和五五年発行の印刷物に、江戸時代、明治時代の善光寺の絵図が掲載されており、これらによれば、本件土地は、参道石畳部分の隣に、工作物や樹木のない空地として描かれ、江戸時代の絵図には、人々が歩いている姿まで描かれていることが認められる。

4  <証拠略>によれば、次のような事実が認められる。

(一)  本件各土地は参道の東隣に概ね平行して存在し、参道をはさんで反対側の西隣にも、石畳でない部分があり、現在は、南寄りは善光寺案内所の建物、中央寄りは植え込み、北寄りは舗装道路となつている。

(二)  本件土地には、大正三年に原告先代によつて青桐が植えられた後、昭和初期頃からは参道との境の位置に低い竹垣を設置するようになり、竹垣は何度か取替えられた。

(三)  近時の状況は、概ね別紙「係争地内工作物等現況図」表示のとおりであり、庭石、石碑、樹木、木製工作物、植え込み、庭木、街灯、電柱があり、これらのうち、石碑、街灯、電柱等は第三者によつて設置されたが、その他は概ね原告(又は原告先代)によつて設置、植栽された。

5  本件土地につき、明示の公用廃止行為がないことは原告の自認するところである。

三  公共用財産が、長年の間事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、黙示的に公用が廃止されたものとして、これについて取得時効の成立を妨げないと解するのが相当である。(最高裁判所昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決、民集三〇巻一一号一一〇四頁参照)

これを本件について検討してみると、本件土地は公用開始当初から外観上公共用財産としての使命を果していないとはいいがたいから、その後、道路としての形態、機能を喪失したかについて考えてみる。本件土地の現況は、参道と一応区別され、工作物、樹木等もあつて、一般の通行の用に供されない形態であるといえる。江戸時代、明治時代の絵図の表現が当時の状況を正確に伝えているとすれば、かなりの変化があつたことになる。しかしながら、状況の変化は主として原告(又は原告先代)によつてもたらされたのであり、更に寺院の参道とは、単に通行できればよいのではなく、風致地区として参道と一体となつて、通行者に心理的余裕を与えるべき部分も必要であり、現況でも竹垣さえ撤去すれば通行の用に供せないともいえず、以上を総合して、本件土地は道路としての形態、機能を全面的に喪失したとはいえない。

四  以上の次第で、本件土地は時効取得の対象となりえない公共用財産であり、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤道雄)

物件目録

長野市大字長野字元善町四六一番境内地六七一・〇七m2の西に隣接する別紙図面表示斜線部分三九・一〇m2〈省略〉

係争地内工作物等現況図<略>

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